【臨死体験】天国とこの世を隔てる迷いの森

2016年12月18日日曜日

臨死体験


介護ヘルパーとして週に何度か伺っていた

ある一人暮らしのお婆さんが

もう亡くなってしまったけれど 


その数日前

自宅で動けなくなって

訪問日に発見して

一度は命を取り止めた


身内のいない方だったので

病院への着替えや差し入れは

私の仕事だった


お婆さんは

意識を失っていた間の話をしてくれた


「夢の中では

とても静かな森の中にいた

遠くに光が見えたから

自然にその光を目指して歩いていた


森の中には 他にも誰かがいたような

ただ 他の人たちは 光を目指さずに

別の方角へ歩いていた


話しかけられたわけではないけれど

誰かが語りかけてきたような気がした


『あちらに 命の泉があります

あなたは、行かないのですか?』


あちら、と言われた方角を見ると

そこには、まだ生きたいと願う人達の姿があった

なぜだか 誰にも教えられないのに

彼らがどんな人達だか分かった


小さな、まだ目も開かない赤ん坊を抱えた若い母親

精神的に不安定で発作的にここへ来てしまったけれど

まだ、戻りたいと思っている


太った中年の男

心臓に異常が起きたけれど

まだ、生きたいと願っている


事故に遭ったわけでもなさそうなのに

なぜか、鼻先がなぜか潰れた若く綺麗な女の子

手首から血を流しているけれど

それを押さえて必死に一歩一歩、重い足取りで

死にたかったのだけれど

今は生きたいと願っている


『あなたは行かないのですか?』


また、誰かが語りかけてきたような気がする


でもね、私はこの世に何の未練もなくて

一生、独身だったから

後に残して心配な家族もいなければ

私がいなくなって悲しむ人もいない

友達はみな、とうの昔に寿命を終えていて


裕福でもない

むしろ、年金で細々と節約しながら暮らして

身体も年々衰えるばかりで


ようやく、お迎えがきたと思って

出迎えはなかったけれど

あの光にたどり着けば全て終わると思って


安心して光に向かって歩いていった


でも、後ろから、今度ははっきりと呼ばれたのよ


----さん、聞こえますか?

今、救急車呼びましたよ

お願い、頑張って


あなたの声だったわねえ

あなたが、呼び戻してくれたのねえ


何のために 私なんかが 生き返ったのかしら

あの命の泉には近づかなかったのに


可哀想なことに 生きたいと願っていた

若い人達の中にも


命の泉にたどり着く前に

この世とは違う場所から呼ばれて

その呼び声には逆らえないらしくて

消えてしまう人達もいたのよ


あの人達は、どこに行ったのかしら

天国でもない この世でもない場所が

あの森以外にもたくさんあるみたいなのよ


あの人達は本当はこの世に戻りたかったのにねえ


なんで、私なんかが なんのために


ああ、でもそうね

あなた、こういう話が好きでしょう

あなたに、この話をするためだったのね

そう、そうよ

ああ、大丈夫。私は務めを果たしたわ

これでもう、安心して休めるわ


今朝の夢には 20年前に死んじゃった

一番仲の良かったお友達が出てきてくれたの

すっかり若返って

あっちの世界のほうが楽しそうよ


だから、お願い 今度、私が危篤になったら

今度はそのままにしてちょうだいね


その翌翌朝に お婆さんは眠るように穏やかに

今度こそ この世を去ることができた