死にたい、と考えてたら連れて行かれた自殺者の世界

2016年7月16日土曜日

死にたい

死にたい死にたいと考えて自殺マニュアルまで買っていた男性の話。

「会社でいじめにあい、みんなに迷惑をかけるために会社で自殺してやろうと考えていた。

ゴールデンウィーク前、恋人や友達のいるやつらが楽しそうに計画を話し合ってるから、台無しにしてやろうと思って、ゴールデンウィーク前の最終出勤日を狙って、硫化水素の自殺を計画した。

ところが当日の朝、高熱を出して会社には行けなかった。悔しいが有給の連絡をして、そのまま1人で狭い部屋でカーテン閉めたまま、わびしく寝ていた。

気付いたら、子供の頃可愛がってくれたばあちゃんがいた。あとから考えれば、夢だと分かるけど、そのときは夢とは気付かず、ばあちゃんがいるのも当たり前に思えた。

ばあちゃんは小さい頃のように、俺の手を引いて、何も言わず歩き始めた。昔の実家があった町で、ただ、どこか寂しい雰囲気がした。

しばらく歩いて行くと、記憶にあるようなないような、ボロボロの家があった。色あせて錆び付いたトタンでできた、今にも崩れそうな。イメージ的には、オウム真理教の逃亡犯の菊池直子が最後に住んでいた貸家が近い。

そのボロ家のドアの前で、ばあちゃんは立ち止まって言った。「さあ、行ってごらん」俺は、なんでだ?と思いながら、怖いもの見たさで入ろうと思った。ドアは鍵が閉まってなくて、嫌な軋んだ音を立てて開いた。しかし、ばあちゃんが俺に続いて入る素振りを見せないので、入らないの?と目で合図したら、ばあちゃんは、首を横に振った。言葉で会話した覚えはないが、そのとき、俺はばあちゃんが「その中と私は境涯が違うから入れない」というようなことを伝えていると感じた。

ボロ屋の奥へ進むと、暗くて、なんだかすえた臭いがした。しっかりかいだことはないけど、何日も風呂に入ってないホームレスはこんな臭いじゃないか。

奥の六畳間くらいの部屋には、何人か人がいた。性別も年齢もまちまちだった。彼らは、目を閉じて、何かブツブツ呟いて、ときどきため息をついていた。

そのとき、誰に教えられたわけでもなく、俺は彼らが呟いているのは愚痴で、その内容が「ろくな人生がない」というものだと分かった。

そして、彼らがかつてこの世に生まれたけれど、自殺してしまった魂だとも分かった。

自殺すると、永遠に地獄で責め苦を受けるとか、2度と生まれ変われないというのは、どうやら嘘らしい。

ただ、死後は生きていたときの心の境涯に呼応する「待機所」で生まれ変わりを待つことになる。

世を呪いながら死んだ彼らは、というか、自殺願望を抱き実行寸前だった俺の心の境涯だと、どうやらこれがふさわしい待機所なんだということか。

そして、残念ながら死んだからといって、2度と辛い人生を送らなくて済むことはなくて、生まれ変わりをして、また人生をやらなければならない。

そして、自殺してしまった場合でも、どうしてもやむおえない事情があったり、病気で苦しんで尊厳死を選んだ者はここにはいなかった。

なぜか分からないが、彼らは同じように自ら命を終える選択肢を選んだとしても、普通に寿命を全うしたと扱われるようだ。

ここにいるのは、健康体で、自分でなんとかして自殺以外の手段で自分を救えたのに、それを放棄して自殺してしまった魂たちらしい。

見ていると、俺と近い年齢で自殺したらしい男が「これにする」と呟いた。すると、姿が消えてしまった。どうも、ろくな人生のない、全部外れガチャみたいな、次の人生の選択肢の中から、ようやく覚悟を決めて選んだようだ。そして、生まれていったのだろう。

俺は、そこで理解した。

ろくでもない人生でも、とりあえずは設定された寿命というものがあって、肉体はその間は保たれる。肉体が停止するまでは、つまらなくても、誰の役に立たなくても、消化試合でいいから生きるのが一番なんだ。

途中放棄をすると、死んでもまた、同じくらいかそれ以下のろくでもない人生を、やり直しさせられる。

そのとき、消えた男の隣にいた白髪の男が悩んでいる選択肢の二つが、俺にも見えてきた。

二つとも、金持ちの家に生まれることになる。意外だった。インドのカースト制のごとく、自殺するとどんどん貧乏な家に生まれることになると思った。

しかし、二つとも金持ちの家の令嬢だった。ただ、その人生は金持ちの家に生まれたからこその、悲惨な出来事が起こり、それでいて早く死ぬことはなく、どちらの人生も長生きだった。子どもも孫も生まれる人生。そのどこが悲惨か?自殺者へのペナルティを含んでいるのか?はた目にはきっと分からないだろう。

しかし、その選択肢で悩んでいる男と俺には、理由がはっきり分かった。これなら、ほかにもっとマシな、貧乏な家に生まれて結婚もできず子どもも授からず野たれ死ぬ人生のほうがマシではないかと。

俺がそう思った瞬間、白髪の男は、どちらかを選んだのだろう。姿が消えていった。